「気がね長生き」という表現
理事長 五十嵐教行
先日、自宅の階段に積み上げてきた本をある事情から一時別室に移動させて、そしてまた元にもどすという作業をした。その際、ついついその作業中に本を手にとって読み始めてしまった。階段のほぼすべての踏み面に本を横に寝かせて積んであるものだから、特に一番下に寝かされた本なんぞは、こういう機会にしか再会できない。作業は骨が折れたが、思いがけず楽しい時間を過ごすことができた。
そのなかで、『にんげん百科』(日本メール・オーダー、発行年不記載)という百科全書、特に「環境と人間Ⅰ」は、考えさせられるところが多くおもしろかった。インターネットで調べてみると、どうやら1977(昭和52年)頃に出版されたものであるらしい。今から32年前のものだ。それは、環境と人間がどのようにかかわってきたのかについて書かれたもので、中でも「まもなく100歳まで生きられる」というタイトルの節は考えさせられた。「かつて“人生50年”といわれた日本人の平均寿命は1970年に男性が70歳、女性が75歳に達し」、「ついにわが国も世界長寿国の仲間入りをした」と述べ、平均寿命が延びた理由などについて解説している。「仲間入り」を果たしてから38年、今やわが国は世界長寿国のトップに君臨し続けている。
1977(昭和52)年の日本には、100歳以上の高齢者は697人だった。当時の人口が約1億1400万人であったことを考えると、滅多にお目にかかれる人たちではなかったといえる。その彼らが生まれた100年前は、明治維新から10年が過ぎたところである。さらには、成人を迎えた後で19世紀から20世紀へと変わったわけだから、武士の名残りから欧米の文化、そして科学の可能性といった多種多様な大きな変化をその若い感性で感じとっていたに違いない。「新しいもの」が目の前にどんどん登場してきたことだろう。
ところで、この節の冒頭では「20世紀にはいって、平均寿命がいちじるしく延長され、このままいけば人生100年も夢ではないという。だが他方、公害をはじめ、あらたな壁が立ちふさがっていることも事実だ」と述べている。また後半部分では、「80歳以上の就業者のうちでも、その26%は家計をささえる働きをしている」と当時の厚生省の調査を紹介し、「老人には“働きバチ長生き”と“寝たきり長生き”が高い比率をしめていることがわかる。おそらく、働いていない老人のうちには、“気がね長生き”もかなりの率をしめているにちがいない」と述べている。この筆者は現実に目を向けて‘長く生きる’ことの難しさや厳しさなどを訴えているようだ。
30年以上前に書かれたものだが、「気がね長生き」の表現は的を射るものだ。その意味するところは、現在でも十分通用するものだろう。長く生きることは、果たして「長寿」と言えるのかとのこの著者の問いを、21世紀に生きる私たちはどう答えるのか。
2007(平成19)年、100歳以上の高齢者は32,295人。あの当時と比べて約46倍の増加だ。このなかに、はたして“気がねせずに長生き”している人がどれくらいいるのだろうか。
あなたは、“気がねせずに長生き”することができそうですか?