誰のためのパンフレットか
理事長 五十嵐教行
みなさんは、役所などに多種多様なパンフレットが置かれていることをご存知のことと思う。私は、講義のなかでそれらを教材として使うことがある。そのときどきの講義の内容に応じて、国民年金や介護保険、地域福祉権利擁護事業などのパンフレットを使う。
周知の通り、パンフレットは限られたスペースの中で必要最小限の情報がコンパクトにまとめられている。だから、その内容の全体像を大まかに理解したいときや復習したいときなど、けっこう便利に利用している。当の学生たちも、1枚ものから数ページもののパンフレットは、数分で目を通せるものだし、珍しさもあってよく読んでくれる。
一般的にパンフレットには、何が重要なのか一目でわかるようにレイアウトされているものが多い。さらに混乱しやすい内容であればあるほど、図表やグラフにまとめられていたりして、わかりやすくなっている。イラストが随所にちりばめられていたりすると、読んでいて思わず楽しい気持ちになってしまうものもある。小学生向けの通信教育のパンフレットなどはその代表だろう。
ところで、講義でパンフレットを使って学んだ後で、学生たちに「さて、このパンフレットは誰のために作られたものなのだろうか」と質問をしてみる。すると学生たちは、あらためてパンフレットに目を落とし、そして悩んでしまうのである。一見わかりやすそうだなと思っていたのに、肝心なところのお問い合わせ先の関係機関の文字が小さくて高齢者にはキツイだろうなということに気づいたり、あまりにも専門用語が多すぎて、このパンフレットを理解するために、ある程度の予備知識が求められていることに気づいたりする。たしかにこのパンフレットは、当事者に読んでもらうために作られたハズなのに、はたしてその人たちがこのパンフレットを手にとって読むのだろうかと疑問を感じたりするのである。つまり、このパンフレットは、誰が読んでもわかるようなパンフレットではないことに気づくのである。そこでもう一度考えてみる。それがそれを必要としている人にとって理解しにくいものであったとしたら、「誰のために作ったのか」と。
行政で出すパンフレットであれば、それは公的なお金をかけて作られたものだから、しっかりとそのパンフレットは活用したいところだ。いっそのこと、「わかりにくい行政パンフレット」王座決定戦でもしてみたらきっとおもしろいかも。
そんなことを考えながら、たくさんのパンフレットを抱えて今日も役所を後にするのである。