巻頭言
『太平洋ゴミベルト』という情けない名称の存在
先日、久しぶりに実家の近くの海岸を散歩したら、女性の下駄の片方を見つけた。思いがけないブツだと思ったが、海岸には打ち寄せられた数多くのさまざまな漂着物、つまり海洋ゴミを目にし、あらためて海には大量な海洋ゴミがあるのだなあと再認識した。ちなみに海洋ゴミとは、海岸に打ち上げられた「漂着ゴミ」、海面や海中を漂う「漂流ゴミ」、海底に沈んだ「海底ゴミ」の総称である。これらの海洋ゴミの内訳では、釣り糸や漁具、食品の容器やレジ袋などのプラスチック製のゴミが最も多い。このプラゴミは、世界中から毎年少なくとも800万トン~1,200万トンが海に流出している。1,200万トンと言われてもピンとこないので、少しわかりやすくする。1秒間に約380kgのゴミが流出しており、およそ5秒毎にゴミ収集車1台が集めたゴミを海にドバーッと捨てている状況だ。
ところで、海岸を綺麗にしようとして、老若男女の参加者がせっせと海岸のゴミを拾うイベントがある。終了後、主催者から「みなさんが1時間かけて集めたゴミの量はなんと100㎏でしたー!」と発表、一同拍手喝采となる光景を思い出すが、現実は厳しい。1時間かけて100㎏減らしたのに、その1時間で1,368トンが増えているのだ。その違いに圧倒されてしまうが、それでも減らす作業は続けなければならない。地道な作業だが、やめてしまえばさらにゴミは増えるのだ。それは終わりのない闘いのようだ。はたして、誰と闘っているのか、悩む。そもそも海洋ゴミはどこからやってくるのか。釣り糸や漁具は別として、実は海から遠くにある街のゴミも海へ流れ出ているのだ。街頭で捨てられたゴミは雨とともに排水溝へ流れ、川へと合流して海に流れ出る。このようにして、街から流れたゴミは海洋ごみのなんと8割を占めていると言われている。
さて、海へと流れ出たゴミはどうなっていくのか。1997年にあるヨット愛好家が大量に浮かんでいるゴミ諸島?を偶然発見した。それは、ハワイとカリフォルニアの間にある世界で最もゴミが集まる海域だったのである。著名な海洋学者によって、その海域を「太平洋ゴミベルト」として名付けられたのである。その規模は日本の倍ほどの面積を持っており、多くの研究者たちがゴミが集まってくるメカニズムなどの研究に取り組んでいる。ちなみに太平洋ゴミベルトに浮かぶゴミの94%は人間の生活から出たプラゴミが小さくなったマイクロプラスチックであるが、廃棄された漁網の存在は決して小さくはない。
自然環境に関する研究も行われており、この太平洋ゴミベルトが多くの海洋生物のすみかになっていることが明らかになった。海面近くを浮遊する生物が大量に生息していたのだ。プラスチックを飲み込んだり、漁網に絡まって死んでいく生物がいる一方で、太平洋ゴミベルトが新しい生物学的ホットスポットであるのかもしれないというのだ。
「大自然」には存在せず、むしろ害でしかない「プラゴミ」が生物を育むという事実を私たちはどう受け止めたらよいのだろう。なんとも情けなくて、なんとも皮肉な話だ。