巻頭言
特殊詐欺の被害額は、そのまま『親の愛情』の大きさだと思う
高齢者をターゲットにした特殊詐欺といえば、「オレオレ詐欺」だ。子どもや孫などの親族を装い「集金した金を落とした」「会社の金を横領してバレた」「交通事故を起こして訴えられた」などと偽り、現金を振り込ませる詐欺である。警察庁によれば、特殊詐欺の被害者は、70歳以上が5割以上、60歳以上では約8割を占めている。地域社会の中でつながりが希薄な一人暮らしの高齢者が狙われている。ところで、筆者はオレオレ詐欺のニュースを目にするたびに、被害者に対して「親の愛情」の深さを感じているのである。
「オレオレ詐欺」は、相手が息子になりきって電話してくるのだが、オレオレ詐欺に娘が登場してくるケースを筆者は知らない。きっと娘は、会社のお金を横領することもなければ、怪しげな事件に巻き込まれることがないと誰もが信じているのだろう。“娘”ではななく、“息子”というところにこの詐欺事件のカギがあると考えている。
さて、とかく男の子はおバカな生き物であると、世の母親はなかばうれしそうに嘆く。幼稚園のカバンからおびただしい数のミミズが出てきたとか、ビー玉を鼻の穴に突っ込んで取れなくなったとか、いつのものかわからない弁当箱がカバンから出てきたとかといったエピソードは事欠かない。筆者もおバカな男の子だったと思う。
おバカな生き物ゆえに、母親が注ぐ愛情は深く、そして純粋だ。自分が守ってやらねばという強い気持ちが醸成されていくのだろう。あれから息子は成長し、会社でもそれなりの地位に就いた。結婚をして家庭も築いた。そんな息子の姿に安堵しながらも、どこかおバカだった頃の姿が消えないでいるのではないか。母の中では息子はあの頃のままなのかもしれない。ある日電話が鳴った。電話の向こうで「オレだよ。オレ」とぶっきらぼうだから、思わず息子の名前を言ってしまう母。電話の向こうで涙声でしゃべっているから、せっぱ詰まっているとすぐにピンときた。これは一大事だ。会社にも嫁にも知られてはいけないのだ。よしわかった。心配するな、この母に任せておけ!と感情が高ぶってくるのだ。“この私が助けなきゃ”という気持ちが体中を駆けめぐるのだ。あり得ない話であるのに、信じ切ってしまうのだ。だって、息子はあの息子なんだから。息子はいくつになっても、おバカな生き物なんだと思うがゆえに疑うことができない。むしろ、窮地に立って困ってしまった時に、この母を頼ってきたことに“よしよし”と思ってしまうのだ。
こんな事件があった。女性客(78)が1000万円の定期預金の解約に来た。窓口の女性職員から使途を聞かれても、女性は「言えない」と最初は答えたものの、「息子が会社のお金をなくしたから」と説明。「詐欺ではないか」と諭されたが、女性は「詐欺でもいいから解約してほしい」と食い下がった。そのやり取りを聞いていた別の女性職員が機転を利かせて、データを調べて女性の家族に電話。家族が女性を説得した、というものである。
解約をさせまいとした2人の女性職員の関わりは、まさにファインプレーだと思う。そして筆者は思うのである。「詐欺でもいいから」と訴えて、必死で解約をしようとするこの女性は息子を助けたい一心だったのだということを。それは、母の一途な愛情の表れだ。
だからこそ、この詐欺の犯人に腹が立つ。卑劣なやり口を絶対許せないのである。